どもども。歌舞伎町でホストクラブを運営するNEW GENERATION GROUP(ニュージェネレーショングループ)オーナーの桑田龍征です。
今回は、以前にTwitterで少し書いた「同棲を禁止にしたほうが離婚率が下がるはず」という僕の考えについて書いてみます。
同棲相手を「何でもしてくれて当たり前の人」と思っていないか?
今の世の中では「結婚をすること=パートナーと一緒に暮らすこと」という認識が強いでしょう。
一緒に住まない場合は「別居婚」という言い方をされるくらいです。
でも僕は、別居婚には夫婦仲を良好に保つメリットがあると思いますし、逆に「同居婚」には大きなデメリットがあると思っています。
まずは「パートナーと一緒に暮らすことのデメリット」について、僕の考えを書いてみます。
パートナーと一緒に暮らしていると、目の前の相手の存在も、相手がしてくれることも「当たり前のもの」になり、「日常」になっていきます。
そして人は「当たり前」に慣れてしまうと、「相手の存在のありがたさ」に気づけなくなっていきます。
さらに、一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、「離れた場所にいる相手を想う時間」が減っていきます。
恋人同士のときは2人の仲がメチャクチャ良かったのに、結婚して家族になった途端に上手くいかなくなる人達、いますよね。
それは相手を「一緒にいてくれて当たり前の人だ」「何でもしてくれて当たり前の人だ」と認識してしまい、相手への感謝が薄まったことが一つの要因だと思います。
「当たり前に感謝すること」というのは、よほどのできた人間じゃないと実は難しいことです。
これは結婚生活だけでなく、仕事の場面においても同じことがいえると思います。
「会えないときに相手を想う時間」が実は大切
マイナスの気持ちを抱えたまま、一緒に暮らし続けても、仲は悪くなるばかりでしょう。
でも離れ離れになってみると、「今日は旦那に会いたいな」とか「何だか奥さんが恋しいな」と想うタイミングが絶対に出てきます。
子供がいる人は「子供に会いたいな」という気持ちも生まれてくるはずです。
僕はその、「会えないときに相手を想う時間」は、お互いの関係を良好に保つ上で非常に大切だと思っています。
そして、そうした離れ離れの関係性をベースにして、ときどき会う時間を設けたほうが上手くいく人たちは、その距離感を維持してもいいと思います。
僕は働き方だけでなく「生き方」も自由になるべき
世の中の「当たり前」はどんどん変わっていきます。
コロナ禍でリモートワークが一気に普及したように、世の中の働き方はどんどん自由度が増しています。
そして僕は働き方だけでなく、「生き方」ももっと自由になるべきだと思います。
今の結婚制度は、はるか昔に作られたものです。そのため時代に合わない部分が多く出てきています。
そもそもが女性の立場が弱い時期に作られた制度なので、女性が結婚生活で苦労しているケースは今も多いでしょう。
「今日もダンナの夕飯を作んなきゃな……」とため息をついている女性を見かけますが、そうした義務感で家事をするのは不健全です。
別々に暮せば、旦那は「ふだん妻が料理をしてくれていたありがたさ」を骨身にしみて感じるようになるでしょう。
そして旦那が感謝を示せるようになれば、奥さんも仕事をしながら旦那のことを思い浮かべて、「今日あの人と会ってご飯つくってあげたいな」と思えるようになるかもしれない。
旦那も奥さんへの感謝を表すために、「今日は美味しいご飯屋さんに連れて行ってあげよう」といった行動をできるようになるかもしれない。
そうやって互いが互いを思いやれる環境を作れるのだったら、僕は同棲はしなくてもいいという意見です。
お互いの世界線を大事にしながら、ときどき一緒に過ごす
仕事にドップリ浸かっているひともいれば、ゲームが大好きな人がいれば、スポーツに熱中している人もいる。
パートナーのそれぞれが、自分の趣味を自由に追求できる時代になったので、「夫婦がお互いの趣味を共有する」ということは無理にしないでもいいはずです。
お互いの世界線を大事にしながら、「この時間は一緒にいたい」という時間を作り、そのときだけ一緒にいる。
それでもいいじゃないですか。
一緒に過ごす時間が長い=仲がいいという考え方が、僕はもう古いと思います。
ビジネスにおいても「常識を疑うこと」は大切ですが、プライベートにおいてもそれは重要です。
世の中の「当たり前」で自分に合わないものがある人は、どんどん自分に合った形に変えていきましょう。